追放系はなろうとかの小説ジャンルの一つで。
主人公は勇者パーティーの一員を務めているが、不当な扱いを受け、最終的にはパーティーを追放されてしまう。
追放された主人公は、その後実は優秀だった能力をフルに発揮し別のパーティーで大活躍。
反面、主人公を追放してしまった勇者パーティーは受けていた恩恵を無くし、歯車が狂い始め破滅してゆく。
というのが主なパターン。
何年か前まで会社には一つの部署があった(過去形になってしまうけど)。
うちの会社から物を仕入れて、さらにその先のお客さんに売る小口の問屋さんを担当している部署だった。
業界的にいうとうちが一次代理店で、その次なので二次代理店になる。
この二次代理店相手というのは立場が難しいところで、というのも二次代理店が成長してしまうと一次代理店=ライバル会社になってしまう可能性があるから。
会社としては、営業担当を付けたり積極的に売り込みをかけたりはせずに、来る注文や問い合わせだけ対応するというスタンスをとっていた。
それなりにまとまった売り上げはあるので、十数人のチームで二次代理店を担当していた。
その部署にA子さんという女性がいた。年齢は当時三十代半ばだったと思う。
それなりに社歴は長いけど、とにかく年齢層が高いその部署では若手だった。
A子さんは他部署からはしっかり者と評判の方だったけど、部内での評価は今一歩のようだった。
取引先のお局にA子さんの喋りかたや受け答えが気に入らない人がいて、たびたびクレームをつけてきたらしい。
なにか間違ったことをしたとか迷惑をかけたわけではなく、A子さんの落ち着いた淡々とした話し方が「鼻につく」とかそんな理由にならない理由で。
A子さんの部署には、他に三十代と四十代の営業部出身の男性がいて、部長たちはその二人を次期管理職候補に据えていた。A子さんはその下といったポジション。
お父様を病気で亡くされた、A子さんを評価していた取引先の社長やうちの社の営業本部長が相次いで定年で勇退、といったことが重なって彼女のなかで何かがぷつっと切れてしまったみたいだった。
下世話な話だけど、お父様の遺産を相続したことで働く必要がなくなったのかもしれない。
A子さんはいわゆる裕福なエリート家庭の出身で、お父様は銀行のかなり上の立場の方で、実家は都内の高級住宅地の一戸建てというのは、社内ではそれなりに知られた話。
彼女は実家ではなく、会社から近いという理由でマンションで一人暮らしをしていた。そのマンションも親戚所有とのこと。
管理職のおじさまたちには、どうも彼女のそんなバックボーンも「鼻についた」みたいで。
たしかに住宅ローンを抱えながら一時間半かけて通勤している身からすると苦労知らずに映ったのかもしれないけど、生まれや育ちは本人の責任ではなかろうに。
「いれば助かるけど」
くらいにA子さんを扱っていた部署の人たちは縋りつくように引き止めたらしいけど、すっぱりきっぱりと退職してしまった。
自分は別の部署なんだけど、同じフロアの近くのデスクだったから、傍目にもよく分かった。
会社の時代の流れで、ペーパーレス化、オンライン化など進めていて、新しい受注システムを導入したりしていたんだけど。
A子さんがいた部署のおじさんたちは「新しいことはよく分からない」と全部彼女にぶん投げていたらしい。
自分たちは昔ながらの変わらない業務だけこなして、新しいこと分からないことは、A子さんの担当といった状態。
そりゃ仕事は回らないだろう。
システムがダウンする時間(22:00)までやっても処理が終わらず、請求書が出せなかった、という取引先に言い訳の電話をしているのが聞こえた。
とにかく全ての業務があらゆる方面から分かるくらい滞るようになった。
「Webで受注した注文どうやって処理するんだ!?」
「この商品、どこにどうやって発注すんだっけ」
と混乱した叫び声が飛び交っている。
ミスの多い出荷指示に配送部門からもクレーム。当たり前だけど顧客である二次代理店からもクレームの嵐。自分は仕入れ部門なんだけど、累積する一方の違算明細に頭を抱えた。
ようやく処理されたと思ってもデーターを手入力で上書きしているだけだから、翌月にはまた同じことの繰り返し。
引き継ぎ以前に、本来なら部署として把握していなければいけないことを、分かっていないお粗末ぶり。
マニュアルはいちおうあるみたいなんだけど、読んでもよく分からないらしい。
システム管理の部署の人を呼び出したり、毎日大騒ぎだった。
と取引先からのクレームに逆ギレのような真似までしていた。
いや、いないって一人抜けただけじゃん、と内心突っ込んでしまった。
会社も慌てて、受注専属の部門にいた男性を補充したり、派遣社員さんを入れたりと対応はしたものの、焼け石に水。
連日10時を回る残業(それもほぼサービス残業)に根を上げて、管理職候補だった四十代の男性は早々に転職してしまった。
もう一人の三十代の男性は鬱のような症状で休みがちに。
こうなると抜けたもの勝ちという雰囲気になって、もともと年齢層が高い部署だったこともあって、さらにもう一人、五十代の社員も鬱病で休職に。
体調不良を訴える部員が続出して、隣の部署は歯抜けのすかすかになり、誰も取らない電話が鳴り続けるという目も当てられない惨状になってしまった。
残る人はもう五十代後半で「退職金を満額でもらうまで」という一念で座っている感じだった。
当然売り上げも激減。
結局、組織改編のタイミングで表向きは「営業の強化のため」という理由で部署ごと営業本部に吸収された。実質一人抜けただけで、一つの部署が崩壊してしまった。
ちなみにA子さんと親しくしていた社員によると、彼女は母校で週に数回事務のパートをして悠々自適な日々を送っているらしい。
会社が未練がましく復帰要請をしたり、ついでに取引先だった二次代理店からも「A子さんならうちに欲しい」という声が絶えないらしいけど、本人にその気はない様子。
縁の下の力持ちをあなどるとこうなる、と会社では語り草になっている。